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第三舞台解散公演「深呼吸する惑星」 「今」の苦さをつきつける80年代の遊戯感覚

 不安のないことが不安になる時代があった。欧米を経済的に追いこし、格差なき「1億総中流社会」が現実になったかにみえた幸福な1980年代。心地よい温室のような国にあって人々は消費の享楽に酔った。そんな時節を一陣の風のように駆けぬけた伝説の劇団が時ならぬ解散公演を打った。

 観劇して、胸が苦しくなった。筧利夫、大高洋夫、長野里美、小須田康人、山下裕子、筒井真理子。あの時代に躍動した役者たちが年齢の壁もなんのその、昔のままの振り付けで踊り、とびはねる。その頑張りがめざましいだけに「面白うて、やがてかなしい」。この不思議な味はどこから生まれ出るのか。

 ダンスの呼吸もギャグのはずし加減も往時のまま。客席も盛り上がって、劇場全体がつかのまタイムスリップしたかのよう。なにも変わっていない。あれ、これって幻覚?

 むろん、そんなはずはない。唐突に出現した80年代の軽快感にふいをつかれ、次いで現代との落差を思い知らされた。舞台のにぎやかさが没落の兆しにおびえる「今」の苦さをつきつける、そのことが胸苦しいのだった。この感覚こそ、劇団主宰で作・演出を手がける鴻上尚史がたくんだものだろう。

 新作は時代の「落差」そのものの演劇化だった。地球連邦に属する辺境の惑星で、地球人がリアルな過去の幻覚にとらわれる話。その謎をめぐって地球人や異星人が入り乱れるのだが、ここにあるのは「自分探し」のあげく、中年の危機を迎えた人たちの空騒ぎであり、空虚な現在である。胸がキュンとなる青春の感覚が麻薬のように広まり、うまく年をとれない中年世代の孤独を浮かび上がらせていく。その作劇は作者ならでは。なにより役者の奮闘を引き出す演出の手際が才走る。

 鴻上尚史はつかこうへいと同じく、役者に触発されて劇を発想する劇作家で、むしろ、はじめに役者ありき。近年は若い役者と「虚構の劇団」という集団で創作を試みているが、同時代の、いってみれば草食系の身体と向き合って、かなり苦労している印象がある。その点、今度の演出は慣れ親しんだ役者を得て水を得た魚のようだ。

 記憶喪失、幻覚、自殺衝動……。作者がこだわってきた劇の要素がつめこまれる。ごっこ遊びをしているうちに時は過ぎ、現実の寒さが襲いかかってくる。明るい虚無を照らしだす劇のエッセンスも変わらない。解散公演らしい華やかさだけれど、はた、と考えこんでしまうところもないではない。

(1/2ページ)2011/12/5 7:00 日本経済新聞

1980年代を思い出させるダンスシーン=写真 田中 亜紀